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「お邪魔するわよッ!!」
3日目となるその日、全ての調査を終えた私は探偵社に飛び込んだ。

応接間を見渡すもリッちゃんの姿はない。
もしかして留守…?

「いますよ…」
消え入りそうな声が聞こえたかと思うと、
ソファからにゅっと手が伸びてひらひらと揺れる。
「またそんなところで寝て! しかもこんな時間まで!
 英国淑女としてちょっとばかり恥ずかしいわよ」
そんな私の気遣いも我関せずの気だるい様子でソファから起き上がる。

「で、何の用ですか?」
「何の用じゃないわよ! 今日は期限の日じゃないの」
リッちゃんはパイプに手を伸ばすと、ソファにゆったりとすわり直した。
「あぁ…例のあれですか。 そんな話もしましたね」
自分から話をしてきた癖に、白々しくこんなことを云う。
なんて性格のひんまがった子なのかしら!
「で? 答えは出たんですか?」
パイプをくわえつつ、右眉を跳ね上げて口元には
小憎らしい不適な笑みを浮かべる。
リッちゃんがよくする、余裕しゃくしゃくの表情だ。
私にできるはずはないと、タカをくくっているのよ。
でも、そんな余裕の表情ができるのも今だけよ…!
ふっ、と鼻を鳴らすと、リッちゃんは意外そうな表情をする。
「おや、どうやら何か掴んだようじゃないですか」
「バカにしないでちょうだい! これをご覧なさいな」
私は鞄から分厚い書物を取り出し、テーブルに置く。
「『リンドンシティの歴史年鑑』か。 なるほどね」
冷ややかな目線を投げかけるリッちゃんを無視し、私は説明を始める。


「1600年、遠く倭島から使節団がやってきた。
 彼らは時の女王エリザベス1世にも気に入られ、
 お互いに良く交流したと云うわ。
 そして彼らがそのとき、女王に進呈した贈り物の中に
 あの樹も含まれていたのよ」
リッちゃんは何も云わない。 私は話を続ける。
「あの樹は、シアンの国では"サクラ"と云って象徴的な樹らしいわ。
 けれど哀しいことに、この国は倭島より寒いし
 風土にも合わなかったのね。
 生命力が高いから永い時間をかけて大きく成長こそしたけど、
 花を咲かせることはできなかったんだわ」
そこまで説明したところでリッちゃんのおざなりな
拍手でさえぎられる。
「やりますね。 そこまで調べてくるとは恐れ入りました」
そう云いながら、例の七不思議事件の記事を取り上げる。
「しかしまだ問題はありますね。
 時おり目撃されるという霊の正体、こちらはどうです?」
来たわね…それももちろん調査済みよ!
私はちっちっと指を振る。
「それはつまり、こういうことよ。
 あるところに倭島からやってきた少女がいたの。
 彼女は次第にこの異国での生活にも慣れていったけど、
 やはり時々祖国が懐かしいと思うことがあった。
 そんな頃、彼女は街の中に、祖国を思い出させるものが
 あることに気づいたのよ。 あのサクラの樹ね。」
「なるほど」
「彼女には勤めもあるから、そうそう自由な時間は取れない。
 クィーンズベリーには気軽に入れないしね。
 そこで、夜ひそかに抜け出しては、
 あの樹の元を訪れていたというわけ。」
「感傷に浸っていたというわけですね」
「深夜に変わった装束で、珍しい形状の古木の傍らに
 人目を忍んでいる彼女は、傍目に見て奇妙だと思われたことでしょうね。
 それが人の噂に上るうち、お化けだと思われるようになったのね」

全てを話し終えた私は、リッちゃんの方を向き、返答を待った。
これが私の導き出した答えよ!

「お見事です。
 本当に3日で調べあげてくるとは思いませんでしたよ。
 避暑はおあづけですかね」
そう云ってリッちゃんは満足げな笑みを浮かべた。
「完璧な解答なのね! じゃあ…!」
私を正式な助手に…と云い掛けたところだったんだけど、
リッちゃんはまるで野良犬を追い散らすように左手を払う。
「それとこれとは話が別です。
 まぁちょっとは見直しましたけどね」
このひねくれ探偵は、どうしても私を認めたくないのね!
なにか一言云おうかと思ったけど、
私は大人だしレディだから止めることにしてあげたわ。
「まぁいいわ。
 それより事件解決を祝って今夜はディナーでも、どう?」
「そいつはいい!
 ごちそうになりますよ」


外に出て馬車を探していると、コートを羽織りながら
リッちゃんが階段を下りてきた。
「今回の件、新聞社に話すんですか?」
「うーん…残しておいたほうがいいミステリィもあると思うのよ。
 シアンにも面倒がかかるしね」
そこで私は良いアイディアを思いついた。
「春になるとあの樹の下でお花見会をするんだそうよ。
 それが風情なんだって。
 私たちも今度やってみましょうよ!」
「はぁ〜?
 花咲いてないじゃないですか」
「そこはまぁ、想像力でどうにでもなるわよ!」

おしまい