3月、さわやかな春の風が吹き渡る白桜の街。

白桜町の東にある霊山・福見山。
その中腹に位置する福見神社からは、街並みが一望できる。
そしてその鳥居の上から、町を見下ろす不謹慎な少女がいた。

「この街も変わってないなぁ・・・・・
 と云いたいとこだけど、桜だらけ! すっかり春だなぁ」
鳥居の上で仁王立ちするその姿は、ラフな格好とあいまって、
見ようによっては健康的な少年にも見える。

日比須まいる。
白桜学園の新3年生であり、変わり者も多い学園の中でも
ひときわ破天荒な人物として知られていた。
今もまさに、冒険と称したひとり旅から帰ってきたところだった。

「鳥居によじ登るとは、どこの不届きな悪ガキかと思ったが、お前かまいる」
参道の向こうから巫女姿の女性が近づいてきた。
ここ福見神社の後取りであり、まいるの1つ先輩の福見九州子だ。

「やッ、九州子さん! ひさしぶり〜」
まいるは、体操選手並みの綺麗なフォームで鳥居から飛び降り、
九州子の前に見事に着地した。
九州子はちらりと目を横にやり、地面においてあるドラムバッグを認めた。
「そうか。 しばらく見ないと思っていたが、また旅に出ていたのか」
「うん、生き別れの妹が助けを求めてる気がして飛び出したけど、
 全然そんなことはなかったよ」
「だろうな。 お前、一人っ子だしな」
「ま、気ままな旅も春休みの醍醐味でしょ?」
「まだ21日だぞ。 気の早い休みだったな。
 いつから出ていたんだ?」
「えーっと・・・・あれでしょ、笑天と爆笑オンエアチャレンジを
 3回見たから・・・・3週間?」
「つまり、今月いっぱい休んでたわけか・・・・・・呆れたな。
 そりゃ、相方も心配してるだろ」
そう云いながら、九州子は顎で石段のほうを示した。
まいるが振り向くと、見覚えあるシルエットが階段を駆け上がってきた。

「せ、先パイ・・・!」
長い石段を登りきり、息を弾ませながら
ポニーテールの少女が駆け寄ってくる。
まいるの友人であり、寮のルームメイトでもある七穂歩恵美だ。
「よっ、ほえみ〜! お、ちょっと背伸びたんじゃない?」
「ほんの3週間でそんなに伸びるわけないでしょッ・・・・・
 もう、さっきメール見たらもう街についてるって・・・・・
 戻るなら戻るって、もっと早く教えてくださいよ〜・・・・」
「うはは、ごめんごめん。
 携帯使えなくなっちゃってさ、大変だったんだよね」
「急にいなくなったりして、こっちはどれだけ・・・・・」
「おやおや? 心配してくれてたのかい?」
急にまいるに顔を覗き込まれ、歩恵美は思わず赤面して顔をそらした。
「べ、別にそういうわけじゃ・・・・・
 むしろ居ないほうが静かで良かったです! ・・・あれ?」
間近でまいるの顔を見た歩恵美は嫌な予感がして、上から下までじとりと眺める。
髪は手入れしてある様子もなく、服もかなり汚れているようだ。
「先パイ・・・・・もしかしてまたしばらくお風呂はいってません?」
後ずさる歩恵美につられて、九州子も距離をとる。
「ん? あー・・・ひい、ふう・・・・うーん、3日くらいかな?」
「き、汚いッ! それ以上近寄らないでください!」
ほえみの容赦ない突き飛ばしを受けて、まいるは石畳の上にひっくり返った。
「ひ、ひっでえな〜?!!
 お金なくなってたんだから仕方ないじゃん!
 ここまでだって、走って帰ってきたんだから!」
「そんな馬力あるなら、ほかの事に活かせばいいのに・・・・」
その言葉で、まいるは急に跳ね起きる。
「やっべ! 終業式いつだっけ!?」
「明日ですけど・・・・・?」
「ギリギリじゃん! おい、いくぞほえみ!!」
「えっ、いくってどこへ?」
「ガッコに決まってるだろー?
 春休み入る前に、ちーちゃんに渡しときたいものがあるんだ!」
云うが早いか、まいるはバッグを拾い上げ、鳥居をくぐって石段を駆け下っていた。
「ちょ、ちょっと・・・・・・今日はもう学校終わってますってば!」
ほえみは九州子に軽く頭を下げてから、慌ててまいるを追いかけていった。

「また騒がしくなるな・・・・・・」
静寂が戻った境内で、九州子は街を見下ろしながらつぶやいた。