4/5 ◆◆◆◆◇

私は憔悴しきって帰宅した。
憔悴は云いすぎね、フラウが私の顔を見てデザートを1品追加しようと思った程度。

学院の図書館にあった樹木の図解つき書を
片っ端から見てまわったけど、お化けツリーと同じ種類と
思えるような樹は載っていなかった。
いい推理だと思ったんだけど、どうやら進むべき方向を間違えたのかしら。
期限の3日まで、あと1日しかないわ……


また今日もラブレターが3通届いていたけど、
いつものようにフラウに適当に返事を書くように頼み、
私は部屋にこもって考えをまとめなおすことにする。

部屋で推理にふけっていると、ノックが聞こえてシアンが入ってきた。
「お嬢、今日は指圧はいかがされますか?」
説明しよう! シアンは東方流のマッサージが得意なのよ!
「そうねぇ、今日はけっこう歩き回ったから疲れたわ。
 念入りにお願いね」
私はベッドにうつぶせになり、シアンに身を任せつつ、
昨日からの調査について振り返った。


お化けツリーの記事、幽霊の噂話……
庭園の外れの古木、その傍らにあった石碑……

…ん? 石碑?
そういえば、あの謎の文字には見覚えがあったような……

その瞬間、私の頭に閃光が走った!
ピンク色の脳細胞が一斉にどよめき立つ!
ずっと引っかかっていた、あの石碑の文字!
どこかで見たことがあると思っていたあの文字!

私は突然跳ね上がり、身体を捻って反対にシアンを押し倒した。
「…いい返し技ですね。
 しかし今の場合、こちらの引き手をこう内側に捻れば…」
「そっちじゃなくて! ちょっと聞きたいことがあるの!」


シアンの部屋はちょっとした骨董部屋で、
祖国から持ってきたらしい見たことのない香炉とかが置いてある。
シアンは部屋の隅にある木箱から、例のものを持ってきた。
「お嬢のおっしゃっている書物とはこれのことですか?」
「そうそう、それよ!」
巻物、というらしいそれは、シアンが郷里を離れるときに
預かったものだそうで、水墨画とかを詩を書くものみたい。
「文字が書いてあるのを見せて!」
シアンは中でも特に古そうな巻物を取り出し、床に広げた。
「これは家元に伝わっていた口伝書です」
筆、という独特のペンで書かれたそれを見て私は確信した。
あの石碑に書かれていた謎の文字とそっくりじゃない!
「これ、シアンの国の文字なのよね?」
シアンの国は倭島といい、この国からは遠くはなれた東方にある。
シアンの立ち居振る舞いを見れば分かる通り、
独自の文化を持っているという話ね。
「はい、これが何か…?」
「ちょっと見てもらいものがあるから出かけるわよ!」
「今から…ですか?
 しかしこの時間からの外出はフラウ姐さんが怒ると思いますが…」
「そこはチョップで」
「最近、記憶がよく飛ぶと嘆いていたので後遺症が心配です」

結局だまって外出することになり、私とシアンは足音を忍ばせて
家を抜け出し、クィーンズベリーに向かった。


夜のクィーンズベリーの庭園は月明かりに照らされ、
どの方向を見てもリンドン市街の夜景が見えるから綺麗と評判。
けれど今の私たちにはそれを見る余裕もなく、
足早に庭園を抜けてお化けツリーへ向かった。

夜空にそびえるお化けツリーも、また一層と不気味なものだったわ。
しかし私は真相に近づいていた確信からか、もう恐怖は感じなかった。

さっそくシアンの手を引き、例の石碑を見せる。
「ねぇ、この文字なんだけどシアンの国の文字に似てない?」
「そうですね。 これは私の国の文字ですよ」

バーン!!
私の前に立ちふさがっていた謎の文字という重厚な扉が
音を立てて開いた。
この石碑は……いや、この樹は倭島のものだったのね!
はやる心を抑えながら、シアンにさらに問いただす。
「で、で、ここにはなんて書いてあるの?」
「こう書いてあります。
 『1602年 時の女王エリザベス1世へ
  この花の一節のうちに 百種の 言ぞ隠れる おほろかにすな』」

ドーン!!
1602年! 次々と出現するヒントには私は思わず立ちくらみがした。
シアンに支えられつつ、芝生に腰を下ろす。

この樹は300年近く前、倭島からこの国に寄贈されたものだったのね。
リンドンの歴史を細かく調べれば、
もっと詳しい情報が見つかるに違いないわ。
あとは……そう…
「この樹にまつわる霊の噂が問題だわ…」
私のつぶやきを聞いたシアンが、申し訳なさそうに口を開いた。
「お嬢、そのことについてですが……」